VOL_1:大分市長×日本文理大学長

大分の未来を拓く、グローカリストを。

大分の未来を拓く、
グローカリストを。

日本文理大学が拠点を置く大分市は、東九州最大の経済拠点。
NBUが産声をあげた頃、大分市も新産業都市としての歴史を歩み始めました。
NBU創立50周年スペシャル対談「CROSS OVER」。
最初のゲストにお迎えしたのは大分市の佐藤樹一郎市長。
共に成長を遂げてきた50年を振り返りつつ、
これからの未来について、菅貞淑 学長がお話を伺いました。

菅 貞淑 学長

共に進化し、発展を続けてきた50年。

佐藤 「大学創立50周年、おめでとうございます。少し歴史を遡ってみますと、1967年にNBU日本文理大学の前身である大分工業大学が開学されましたが、大分市が新産業都市に指定されたのが1964年です。大分市の産業都市としての発展と、NBUの発展というのは、同じ年月を共にしてきたということではないかなと思っています。例えば、製造品の出荷額を見ますと、1966年は665億円でしたが、2014年には3兆1000億円。約47倍まで大きく伸びています。この間、国全体で言うと9倍ぐらいですから、国の5倍以上伸びています。産業都市として飛躍した背景には、大手企業の進出に加えて、その両輪として県内の中小企業が成長したことも挙げられます。そのような流れのなかで、NBUが大きく発展をしていくと共に、卒業生の皆さんが産業都市としての大分市の発展に寄与していただいたと感じています。航空宇宙工学科には、日本中から航空機の製造技術をはじめ、最新の工学を学びたいという若者が集まっていますしね。また、チアリーディング部や硬式野球部など、スポーツの分野においても国内外に誇れる戦績をおさめています。まさに、大分市の名声を高めてくれたと思います。」

菅 「NBUの前身である大分工業大学は、大分市が新産業都市に指定されたことを機に、地元からの要請を受けて設立しました。当時、人材の確保・育成や技術力向上の必要性が叫ばれていましたが、大分県内には工学系の大学はありませんでした。我が校の創始者である菅幸雄先生が掲げた建学の精神“産学一致”には、若者の人材育成を考える上で重要となる、教育界・地域・産業界の協働の必要性が込められています。市長がおっしゃられたように、大分市の発展とNBUの歩みに強いつながりを感じます。」

佐藤 「NBUの学生には、大分市が抱えるさまざまな課題にも積極的にコミットしていただいています。佐賀関の木佐上地区における、地域の活性化に向けた取り組みもそのひとつ。高齢化が進む地域のみなさんにとって、若い人たちと交流できるというのは大変ありがたいことですし、学生のみなさんにとっても、地域に出掛けて体験したことを、今後の大学生活や社会に出てどう役立てるか考えることは、とても意義のあることだと思います。」

菅 「私が2007年に理事長に就任後、NBUが目指すべき方向性として、“産学一致”という建学の精神に、“人間力の育成”と“社会・地域貢献”を加えました。大分県全域をひとつのキャンパスとして、さまざまな活動を展開しながら五感を磨こうじゃないかと。まずは地域に出掛けて、自分たちの目で課題を見つけることにしました。最初の頃は、どうしても『お客様』という受け入れられ方になっていましたが、何年も続けていくと関係性も深まり、学生ならではの突拍子もないアイデアも面白がってくれるようになりました。例えば地域ボランティア活動を行う際、汗を流して終わりではなく、学生たちはそこからいろんなことを学ばなくてはなりません。お年寄りとお話するとき、どのようにコミュニケーションを図ればいいのかを考えたり、地域の課題に対して何ができるのかをチームで話しあったり…それぞれが自覚を持って行動することが大切です。」

菅 貞淑 学長

大分市の未来ヘ、今、できること。

佐藤 「大分市でも周辺部では、年々高齢化率が高まっています。学生が地域の問題を考えてくれたり、コミュニケーションを図ったりしてくれることで地域全体が元気になるんですよね。ご高齢の方々にも新しい生きがいが生まれます。近年、過疎化が進む地域ではお祭りを毎年開催するのも難しくなってきました。そこに大学生が参加して盛り上げてくれることで、新しい活力が生まれるのは、本当に素晴らしい と思いますね。何かを体験すると『こうすれば良かった』という学びがあります。成功体験でも失敗体験でも良いと思うんですが、そういう体験の蓄積は、将来に向かって自分がやりたいことは何なのかを発見する力や、それを現実のものにしていく自己実現力に繋げられる修業の場にもなると思うんですよね。学生さん一人ひとりが、ぜひこういう場を将来に生かしてくれたら、本当に良いことだと思います。」

菅 「若者には、まだ経験が少ないですよね。しかし、世の中は分からないことだらけ。当然、大きなミスも小さなミスもすることになるわけですから、成功体験よりも先に失敗体験をするほうが大切かなと思いますね。分からないまま先に進むというのは非常に危険ですし、社会に出てそれでは許されませんから。学生はまだ世の中に出ていない分、リスクがない。そんな中で体験することには『こうすれば良かった』という本当の意味での反省があり、『次はこうしよう』という工夫が生まれます。自分で考える力、思考力がつきます。さらに、コミュニケーション力も。学生同士がコミュニケーションを通じてお互いの能力を引き出し合ってくれたらいいと思いますし、地域の方とコミュニケーションをとるとき、相手の気持ちが分からなければ、こちらの話も伝わりませんから、その過程でも工夫をしていくことが大切。そういう経験をしているのとしていないのとでは、社会に出てから違います。」

佐藤 「大分市が抱えている社会の課題を解決するには、専門的知識が必要で、NBUの先生方にも学生さんにもご参加いただいています。今後も引き続きお願いしたいのですが、もう一つ、大分市で社会教育や生涯教育をもっと進めたいと思っているんです。例えば、NBUは大分駅の近くにもサテライトをお持ちですが、そういうところで夜6時〜9時まで、あるいは土曜日を使うなどして働きながら勉強ができ、修了すると学位がとれるとか。仕事をしながら学ぶとなると、駅から近く、仕事を終えて行きやすい環境が理想的です。一度就職したけれど、もう一度学び直したいという人々のために、そういう体制を整えられないかと。昨年、教育大綱をつくりまして、その中でも社会教育や生涯学習を進めていくことが大切だという議論があります。いろいろとご協力をいただけるとありがたいと思いますね。」

菅 「現在も中心市街地の活性化から、高齢化が進む地域のコミュニティ維持まで、さまざまな課題に取り組ませていただいていますので、新しい課題にも、ぜひ取り組んでいきたいですね。」

佐藤樹一郎 市長

世界の最前線に立つ、
『グローカリスト』を育てたい。

佐藤 「工学系の職種は、大企業になると本社一括採用というパターンが多いんですよね。航空宇宙産業だと、例えば名古屋とか各務原。大分も、これからますます需要が高まる産業分野の集積を進めていきたいのですが、今後、伸びていく産業というのは、ロボット関係や医療福祉関係、それから自動車の10倍ほどの部品数になる航空宇宙関係だと思うんです。未来へ向けて成長する産業を大分に集積していきたいですね。雇用の場、しかも直接本社採用が増えてくると、東京や大阪、名古屋採用ではなく、大分で活躍してもらえる人も増えてくるはず。時間がかかるかもしれませんけど、産業の振興をはかること、雇用の機会を広げることのふたつを合わせて取り組んでいきたいと思っています。」

菅 「大分にそういった企業があれば就職したいという学生は結構います。今、学生たちは大分市やいろいろな地域で活動していますけど、それを通じて大分が好きになったという県外の学生は多いですね。全学生の4~5割は県外生ですけど、地元より大分のことを好きになって、ここに残りたいと。IT関係は、サービス産業が伸びていますので受け皿は増えていますが、今後は工業系の受け皿も増えてくることを期待したいですね。」

佐藤 「例えばエンジニアの方にしても、この地でいろいろな研究活動をしながら、論文にまとめ、大分から全国へ、世界へ情報発信をしてもらえたら。その、大分で書かれた論文を世界中の研究者が読んで、勉強するわけです。さらにまた、世界中のいろいろな情報を収集しながら、大分で活動する。そういう方々が、世界の最前線で活動していく『グローカリスト』だと思っています。世界の距離が近くなってきているので、エンジニアにしろ研究者にしろ、この大分市を本拠地にして活動する人はどんどん増えてくると思います。そういう人たちが、NBUを拠点にしてどんどん増えてくれたらいいですね。」

菅 「グローカルというのは造語で、社会のニーズを常に把握できるグローバルな視野を持つこと、そして自ら学ぶべき課題を見つけ、ローカルで実践できることの両方を持ち合わせていなければいけません。『グローカリスト』としたのは、人材に焦点を当てたんです。大分の文化を知り、自分がそこで何をして、どういうことを感じながらやってきたのか…アイデンティティという言葉がありますが、市長がおっしゃるように、世界を目標に据えて、経験を重ねながら試行錯誤し、前向きに考えていく人間を育てたいという思いがあります。大学は4年間だけ。いつか巣立つ学生たちには、卒業してからも、大分を拠点とする『グローカリスト』であり続けてほしいですね。」

PROFILE

大分市長 佐藤 樹一郎 Kiichiro Sato
 東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省し、中小企業庁次長などを歴任。その後、企業での勤務経験を経て、2015年4月より大分市長。「創造・連携・実行」を市政運営の基本姿勢とし、めざす都市像「笑顔が輝き 夢と魅力あふれる 未来創造都市」の実現に向けて取り組んでいる。
学校法人文理学園 理事長
日本文理大学 学長
菅 貞淑 Sadayoshi Suga
 日本大学理工学部電気工学科卒業後、米国ミズーリ州立大学大学院修士課程修了。1981年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。約5年間の英国勤務を経て、1992年9月、同社コンピュータ事業部退職。同年10月より学校法人文理学園へ。2000年6月より同法人副理事長、2007年1月より第3代理事長・総長。2017年4月より日本文理大学第7代学長にも就任。